装飾される主旋律
フルート、クラリネット、バンドリンなどが、書かれた旋律を保ちながら細かな音、息づかい、変奏を加えます。
ブラジル研究会BAND GUIDE / CHORO10 BANDS RIO DE JANEIRO / LATE 19TH CENTURY
BAND 09 / 10
旋律が会話し、低音がもう一つの道を歩く。
フルートやバンドリンが歌い、カヴァキーニョが刻み、六弦・七弦ギターが対旋律を返す。ショーロは19世紀のリオで育った都市の器楽音楽です。

作者不詳 / Jornal A Noite / Public Domain / Wikimedia Commons
WHAT IS CHORO?
ショーロは19世紀後半のリオデジャネイロで生まれた都市音楽です。速く陽気な曲も、叙情的な曲もあります。
初めから一つの決まった曲型だったのではなく、ポルカ、ワルツ、タンゴなど海外由来のダンス曲を、ブラジルの演奏家がシンコペーション、装飾、即興的な変奏を加えて演奏したことから育ちました。
書かれた旋律と構成を大切にしつつ、その場でフレーズを飾り、他の楽器へ応答します。完全な自由即興ではなく、曲の形と演奏者の会話が同時に存在します。
RIO DE JANEIRO / CENTRO / CIDADE NOVA
ショーロは19世紀後半のリオデジャネイロで、ヨーロッパ由来の舞曲を黒人・白人・混血の都市音楽家が演奏し直す中から育ちました。当時の中心街、Cidade Nova、港湾地区、郊外の家々を演奏家が行き来しました。
帝国の首都だったリオには、楽譜、輸入楽器、劇場、軍楽隊が集まりました。同時に、奴隷制とその廃止後の人種的不平等の中で、郵便・鉄道・官庁などに勤める音楽家や、黒人女性が支えた家の集まりが都市の音を作りました。
ショーロは早くから録音、ラジオ、巡業で全国へ広がりました。地図は初期史と現在のCasa do Choroに近い中心部を示しますが、今日のホーダはブラジル各地と国外にあります。

























地図 © OpenStreetMap contributors。印は一つの代表地点であり、文化の範囲を一点に限定するものではありません。
LISTEN CLOSER
主旋律、和音とリズム、低音の対旋律が別々に動きながら噛み合います。誰か一人を伴奏するより、全員で会話を続ける感覚に近い音楽です。
フルート、クラリネット、バンドリンなどが、書かれた旋律を保ちながら細かな音、息づかい、変奏を加えます。
とくに七弦ギターが、単に根音を弾くのではなく、主旋律へ返事をするような低音線をつくります。
ホーダでは視線と耳で合図を交わし、フレーズを受け渡します。構成を共有したうえで、その場の演奏が変化します。
ROOTS / PLACES / CHANGE
19世紀の舞曲、女性作曲家、初期録音、海外公演、ラジオ、1970年代の再活性化、2024年の文化遺産登録までの歴史をたどります。
ポルカ、ワルツ、ショティッシュなどが帝都リオへ入り、黒人を含む都市の職業音楽家たちがシンコペーション、装飾、変奏を加えて演奏しました。1870年前後、Joaquim Calladoと周辺の合奏は初期ショーロの重要な核になりますが、Callado一人を「発明者」とすることはできません。

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作曲家・ピアニストChiquinha Gonzagaは、ポルカ、劇場音楽、カーニバル曲を横断しました。1877年の《Atraente》は初期の都市器楽を示す代表作です。ショーロ史は男性の管弦奏者だけでなく、女性の作曲・演奏・音楽労働を含めて見る必要があります。

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1902年、リオでブラジル初期の商業録音が始まり、地域の合奏がレコードを通して遠くへ届くようになります。1906年のピクニック写真にはフルート、ギター、オフィクレイドなどが並び、固定編成になる前の混成的な実践が見えます。

Unknown / Acervo Jacob do Bandolim, MIS-RJ / Public Domain / Wikimedia Commons
PixinguinhaやDongaらは1919年にOs Oito Batutasを結成し、映画館の待合や巡業で演奏しました。1922年のパリ公演は国際化の画期です。帰国後の変化を「ジャズに汚された」とする旧来の見方ではなく、既に国際的だった音楽家同士の交流として捉えます。

Unknown / Jornal A Noite / Public Domain / Wikimedia Commons
ラジオ局で歌手の伴奏や番組を担う小編成はregionalと呼ばれました。Pixinguinhaは編曲家としても語法を広げ、Benedito Lacerda、Jacob do Bandolim、Época de Ouro、Waldir Azevedoらの録音が、ショーロを全国の聴衆へ定着させました。

Unknown photographer / Public Domain / Wikimedia Commons
1960年代には音楽産業の中心から外れる時期がありましたが、1970年代にホーダ、クラブ、音楽祭、再発盤、Funarteの事業が過去のレパートリーと新しい奏者を結び直しました。「消滅して復活」したのではなく、家庭や地域で続いていた実践が再び公に見えるようになった過程です。
Daderot / CC0 / Wikimedia Commons
2000年には4月23日が「ショーロの日」と定められ、学校、クラブ、音楽祭、各地のホーダが継承を支えました。IPHANは2024年2月29日、全国の実践としてショーロをブラジルの文化遺産「表現形式の登録簿」へ登録しました。ユネスコ登録ではありません。

Rodrigo S. Maior / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons
KEY FIGURES / GROUPS
名前だけを覚えるのではなく、どの時代・土地・現場で、その音を変えたのかまで紹介します。
ジョアキン・カラード
19世紀後半のフルート奏者・作曲家。フルートを前面に、二本のギターとカヴァキーニョが応答する合奏を通じ、舞曲を即興的に弾き替える人脈を形成しました。一人だけの「発明」ではなく共同体の核です。
シキーニャ・ゴンザーガ
1877年のポルカ《Atraente》から劇場音楽、カーニバル曲まで横断し、職業音楽家として女性に課された制約を切り開きました。ショーロ史を男性器楽奏者だけで語らないための中心人物です。
エルネスト・ナザレー
ポルカ、ワルツ、タンゴ・ブラジレイロなど欧州由来の形式に、リオのシンコペーションと動く低音を織り込みました。《Odeon》などでは、楽譜の精密さと身体的な揺れが同居します。
ピシンギーニャ
フルート、サックス、作編曲で20世紀のショーロを更新。Os Oito Batutasの国内巡業と1922年パリ公演、ラジオ編曲、Benedito Lacerdaとの録音まで、演奏・録音・放送を横断して語法を広げました。
ジャコー・ド・バンドリン
自宅のホーダとConjunto Época de Ouroで、作品の構成を緻密に整えつつ毎回異なる装飾を加えました。録音や資料も収集し、レパートリーの保存と次世代への継承に大きく貢献しました。
ヴァルヂール・アゼヴェード
1940年代以降、カヴァキーニョをコードの刻みだけでなく主旋律を担う独奏楽器として押し出しました。《Brasileirinho》《Delicado》の録音は、速いパッセージと歌うようなフレーズを全国へ伝えました。
SONGS TO START
初期のポルカから20世紀の代表曲まで。資料庫で別の曲種名が付く作品も、ショーロが複数のダンス曲から育った歴史を示します。
Joaquim Callado / gravação: Jacob do Bandolim
明快な旋律をフルートが装飾し、ギターの低音とカヴァキーニョが応答します。後に歌詞も付いたため、器楽版と歌曲版を混同せず、ポルカがブラジルでどう弾き替えられたかを聴きます。
曲を聴く →Chiquinha Gonzaga / gravação: Maria Teresa Madeira & Marcus Viana
ロンド風に主題が戻る間、左手のシンコペーションと右手の軽快な旋律が交差します。楽譜に書かれた構成と、舞曲として人の身体を動かす感覚を同時に聴ける作品です。
曲を聴く →Ernesto Nazareth / gravação: Maria Teresa Madeira
映画館Odeonで演奏していた時代を映すタンゴ・ブラジレイロ。流麗な右手に対し、左手が跳ねる低音と和音を刻み、欧州のピアノ曲とリオの都市的リズムを一曲の中で結びます。
曲を聴く →Pixinguinha / Braguinha / gravação: Orlando Silva
1917年ごろ器楽曲として作られ、1937年に歌詞を得て大ヒットしました。定型を外れる冒頭の旋律が親密な歌へ変わり、器楽ショーロと大衆歌曲が往来した歴史を示します。
曲を聴く →Jacob do Bandolim
跳躍するバンドリンの主旋律、七弦ギターの低音、パンデイロの推進力が緊密に絡みます。速さだけを追わず、主題の再現ごとに装飾と応答がどう変わるかを聴きたい代表作です。
曲を聴く →Waldir Azevedo
短いモチーフを高速で展開しながら、伴奏との掛け合いで前進します。技巧の見本であると同時に、カヴァキーニョが「コードを刻むだけ」の楽器ではないことを実感できます。
曲を聴く →BEYOND THE SHORTCUT
入口の説明だけで文化を単純化しないために、次の点を押さえておきます。
名前から「悲しい音楽」と説明することはできません。速く明るい曲、技巧的な曲、叙情的な曲があります。
「ブラジルのジャズ」は即興や対話を伝える入口の比喩にはなりますが、起源そのものの説明ではありません。
全編が自由即興ではなく、曲の旋律と構成を共有したうえで装飾、変奏、掛け合いを行います。
器楽曲が中心ですが、「Carinhoso」のように歌詞を持つ形で広く知られた作品もあります。
AT TUFS BRASIL KENKYUKAI
ブラ研では、フルートなどの旋律楽器、カヴァキーニョ、ギター、パンデイロを中心に、細かな掛け合いを楽しみながらショーロを演奏します。曲の構成を共有しつつ、互いの音へ反応することを大切にしています。
FACT CHECK
歴史、人物、文化的背景は、ブラジルの公的文化機関、研究機関、専門資料を中心に照合しました。